丘の上から、街の全体を見る

カルタゴは、ひとつの敷地にまとまった遺跡ではありません。街のあちこちに遺跡が点在していて、その一つひとつを結んでいくのが、この街の歩き方です。だからまず、全体を見渡せる高い場所——ビュルサの丘にのぼりました。

ポエニ時代の城塞があった丘の上からは、青いチュニス湾と、そのふちに点在する遺跡の位置関係が、ひと目で見渡せます。足元にはポエニ時代の住居跡、背後にはサン・ルイ大聖堂。この街が二つの文明の上に立っていることが、丘の上でよく分かりました。

二つの文明が重なる街

カルタゴはもともと、フェニキア人が築いた海の交易都市でした。名将ハンニバルを生んだこの都市は、地中海の覇権をめぐってローマと三度の戦争(ポエニ戦争)を戦い、紀元前146年に徹底的に破壊されます。しかしローマは、この要地を捨てませんでした。やがて同じ場所に、ローマの都市としてのカルタゴが築き直されたのです。ハンニバルのカルタゴと、ローマのカルタゴ。二つの記憶が、この遺跡には折り重なっています。

海辺の、巨大な浴場

丘を降りて海辺へ向かうと、アントニヌスの浴場が待っていました。西暦2世紀、ローマ世界でも最大級だった共同浴場です。地上の建物は失われ、残るのは巨大な地下構造だけ。それでも見上げるほどの高さがあり、地上にあった浴場の途方もない大きさを想像させました。

浴場の跡は、そのまま海に面しています。柱の一本に手を触れながら振り返ると、青い地中海が広がっている。湯に浸かりながらこの海を眺めていたのだと思うと、二千年前の贅沢が、少しうらやましくなりました。

円い入り江に、海軍基地の形

もうひとつ心に残ったのが、ポエニの軍港跡です。円い入り江に船を並べた古代の海軍基地の形が、今も水面にそのまま残っています。派手さはありません。けれど、カルタゴがかつて「海の帝国」であったことを、この静かな入り江がいちばん雄弁に物語っていました。

点在する遺跡を専用車でつなぐと、破壊と再建をくり返したこの街の歴史が、少しずつ像を結んでいきました。

断片として生き延びた記憶

丘の上の考古学博物館には、ポエニ時代の石棺やローマ時代のモザイクが並びます。破壊されたはずのフェニキアの記憶が、こうして断片として残っている。歴史の教科書で「滅ぼされた」と一行で習った都市が、実際には幾重にも層を重ねて生き延びてきたことが、実物を前にすると腑に落ちます。世界遺産カルタゴ遺跡の奥行きは、こうした細部にあります。

青と白の村で、一日を締める

遺跡めぐりのあとは、すぐ隣のシディ・ブ・サイドへ。青い扉と白い壁の路地を抜け、地中海を見晴らすカフェでミントティーを一杯。古代の記憶と地中海リゾートを一日で味わえるのが、チュニス近郊・カルタゴ観光の贅沢でした。

回り方と所要時間

カルタゴはチュニスの近郊にあり、市内から日帰りで訪れられます。遺跡が広範囲に点在するため、専用車でつなぐと効率よく回れます。主要な見どころに絞れば2〜3時間、シディ・ブ・サイドまで含めれば半日から一日の行程です。

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海の都カルタゴに、円形闘技場のエル・ジェム、丘の町ドゥッガ、三神殿のスベイトラ。性格の異なるローマ遺跡を組み合わせると、チュニジアのローマ時代を多面的にたどれます。

よくある質問

カルタゴ遺跡の見どころは何ですか?

チュニス湾を見下ろすビュルサの丘、ローマ世界でも最大級のアントニヌスの浴場、円い入り江のポエニ軍港跡が三大見どころです。カルタゴの見どころもご覧ください。

見学にはどのくらい時間がかかりますか?

遺跡が広範囲に点在するため、専用車でつないで半日が目安です。主要スポットに絞れば2〜3時間でも回れます。

チュニスから近いですか?

カルタゴはチュニスの近郊にあり、市内から日帰りで訪れられます。周遊ツアーでは送迎が含まれます。

ハンニバルのカルタゴは残っていますか?

紀元前146年の破壊で地上の建物はほとんど失われましたが、ビュルサの丘のポエニ時代住居跡や軍港跡、博物館の石棺などに、その記憶が断片として残っています。

シディ・ブ・サイドと一緒に回れますか?

はい。青と白の村シディ・ブ・サイドはすぐ隣で、遺跡めぐりのあとに立ち寄る定番コースです。旅の準備はチュニジア旅行の完全ガイドもどうぞ。