丘のうえに、町があった

谷を見下ろす丘に着いたとき、まず面食らったのは、遺跡の「広さ」でした。ひとつの神殿を見に来たつもりが、目の前に広がっていたのは、通りも広場も家々の跡もそろった町ぜんたいだったのです。

麦とオリーブの畑が、谷の底まで段々に続いています。その斜面に、ローマの町がそのまま残っている。エル・ジェムの円形闘技場が「一点豪華」なら、ドゥッガは「町を歩く」遺跡なのだと、入ってすぐに分かりました。

世界遺産の、まるごとの町

ドゥッガは、北アフリカでも指折りの保存状態を誇るローマ都市で、ユネスコの世界遺産に登録されています。神殿だけでなく、劇場も、市場も、凱旋門も、通りの敷石までがそろって残っている。都市がまるごと時間に取り残されたような場所です。チュニジア観光でローマ遺跡を一つだけ選ぶなら、ここを推す人も少なくありません。

カピトルの柱を、下から見上げる

斜面をのぼると、高いコリント式の柱列が空に向かって立っていました。西暦166〜167年ごろのカピトル神殿です。正面の壁も柱も、二千年近くを経てほぼ完全なまま。真下から見上げると、首が痛くなるほどの高さでした。当時の人も、同じ角度でこの神殿を仰いだはずです。

斜面の劇場と、抜けていく風景

丘の一角には、斜面をそのまま利用した劇場も残っています。石の客席に腰を下ろすと、眼下に谷の全景が広がりました。舞台の背後に壁ではなく風景が抜けている——この開放感は、屋根に覆われた現代の劇場では決して味わえないものです。

ローマより古い、丘の霊廟

丘のもう一方には、ローマが来る前の記憶が立っています。ヌミディア時代の霊廟。紀元前2世紀ごろのもので、高さは約21メートル。ローマ一色に見えたこの町が、実はもっと古い層のうえに築かれていたのだと、この一基が教えてくれます。

ローマと、ローマ以前。ひとつの丘に二つの時代が同居している。それがドゥッガの奥行きでした。

公衆トイレで、二千年前が身近になる

意外に長く足を止めたのが、いくつもの座席が並ぶ共同トイレでした。ローマ人にとって、ここは社交の場でもあったといいます。神殿の荘厳さより、この素朴な設備のほうが、かえって二千年前の暮らしを身近にしてくれました。

「歩く」遺跡を、足の裏で

市場の跡や、車輪の轍が残る石畳の通りを歩いていると、ここが「見る」遺跡ではなく「歩く」遺跡であることを、足の裏で実感します。石畳は不揃いで、坂も多く、歩き終えるころには軽く汗ばんでいました。スニーカーで来て正解だったと、何度も思いました。

なぜ、これほど残ったのか

これほど完全に残ったのは、後の時代に大きな都市が上に築かれなかったからだといいます。破壊と再利用を免れたぶん、町の骨格がそっくり残った。観光客もエル・ジェムほど多くなく、風の音を聞きながら二千年前の通りを独り占めできるのも、ドゥッガの贅沢です。

この先へ

ドゥッガで「町を歩く」体験をしたら、次は性格の違うローマ遺跡へ。一点豪華のエル・ジェム、三神殿のスベイトラ、海の都カルタゴ。組み合わせるほど、チュニジアのローマ時代が一本の線でつながっていきます。

よくある質問

ドゥッガの見学にはどのくらい時間がかかりますか?

敷地が広く坂も多いため、ゆっくり歩いて約2時間が目安です。ドゥッガの見どころもあわせてご覧ください。

「カピトル」とは何ですか?

ローマの主神を祀った神殿で、西暦166〜167年ごろの建立です。正面の壁も柱も、二千年近くを経てほぼ完全なまま残っています。

丘の霊廟はローマのものですか?

いいえ。ローマが来る前のヌミディア時代(紀元前2世紀ごろ)のもので、高さは約21メートル。ドゥッガがより古い層の上に築かれたことを物語ります。

服装や持ち物は?

石畳は不揃いで坂も多いので、歩きやすい靴が必須です。日差し対策の帽子と飲み水も持ち物に加えましょう。

エル・ジェムやカルタゴと一緒に回れますか?

はい。性格の異なるローマ遺跡を組み合わせるのが定番で、周遊ツアーなら送迎付きで効率よく巡れます。世界遺産をめぐるチュニジア旅行の準備は完全ガイドもどうぞ。