丘のうえに、町があった
谷を見下ろす丘に着いたとき、まず面食らったのは、遺跡の「広さ」でした。ひとつの神殿を見に来たつもりが、目の前に広がっていたのは、通りも広場も家々の跡もそろった町ぜんたいだったのです。
麦とオリーブの畑が、谷の底まで段々に続いています。その斜面に、ローマの町がそのまま残っている。エル・ジェムの円形闘技場が「一点豪華」なら、ドゥッガは「町を歩く」遺跡なのだと、入ってすぐに分かりました。
カピトルの柱を、下から見上げる
斜面をのぼると、高いコリント式の柱列が空に向かって立っていました。西暦166〜167年ごろのカピトル神殿です。正面の壁も柱も、二千年近くを経てほぼ完全なまま。真下から見上げると、首が痛くなるほどの高さでした。
当時の人も、同じ角度でこの神殿を仰いだはずです。石の冷たさに手を触れながら、そのことがいちばん不思議に感じられました。
ローマより古い、丘の霊廟
丘のもう一方には、ローマが来る前の記憶が立っています。ヌミディア時代の霊廟。紀元前2世紀ごろのもので、高さは約21メートル。ローマ一色に見えたこの町が、実はもっと古い層のうえに築かれていたのだと、この一基が教えてくれます。
ローマと、ローマ以前。ひとつの丘に二つの時代が同居している。それがドゥッガの奥行きでした。
公衆トイレで、二千年前が身近になる
意外に長く足を止めたのが、いくつもの座席が並ぶ共同トイレでした。ローマ人にとって、ここは社交の場でもあったといいます。神殿の荘厳さより、この素朴な設備のほうが、かえって二千年前の暮らしを身近にしてくれました。
石畳は不揃いで、坂も多く、歩き終えるころには軽く汗ばんでいました。スニーカーで来て正解だったと、何度も思いました。
この先へ — エル・ジェム、スベイトラ、カルタゴ
ドゥッガで「町を歩く」体験をしたら、次は性格の違うローマ遺跡へ。一点豪華のエル・ジェム、三神殿のスベイトラ、海の都カルタゴ。組み合わせるほど、チュニジアのローマ時代が一本の線でつながっていきます。





